h.坂東順礼独案内図の最近のブログ記事

文献調査結果 坂東順礼独案内図

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〇H27.11.15 拝島宿の位置が、多摩川の右岸(8番側)であること

 現在、拝島町6丁目が飛び地的に右岸側に位置していること、又、多摩川の氾濫による川筋の変化、宿場町の移動も考えられることから、昭島市に確認してみました。結果として「江戸期も現在と同じ左岸側です」ということで、独案内図は間違いということになります。 下図は独案内図の拝島付近(部分)です

haijima.jpg

〇H23.3.7  追記 メインルート外の神社・仏閣の一部を修正

  マルセさんからのアドバイスにもとづき一覧表を修正


〇H23.3.5 追記 メインルート外の神社・仏閣について
 本文の最後に表で示しました。
 なお、メインルート上において遠回りになるも寄っているところは、次のとおり。
・村松虚空蔵(日本三大虚空蔵、徳川家康や水戸徳川家の信仰が大)
 ・龍福寺(「岩井の滝不動」、湧水が非常に多く本堂裏に滝あり)
  ・樹林寺(夕顔観音、元禄期に桂昌院の望みで大奥にて御開帳)
  ・清澄寺(日蓮の修行の寺)
  ・鹿野山(天台の道場、家康の信仰が大)

〇H23.3.4 追記  飯沼観音先のルートについて

  おかしいところについて説明すると、次のとおりです。

iinumafukin.jpg

 

*参考  明治36年の地図(近代的地図では古いもの)
       網戸は、三方向からの交通拠点(飯岡・銚子方面、利根川の松岸河岸方面、横芝・東金方面) 

amitom36zu.JPG

〇H23.2.25 追記・訂正など
 マルセさんと歩き旅さんからアドバイスをいただき、不明であった地名や凡例などを追記・訂正しました。叉、距離(単位:里)を追記しました。マルセさん、歩き旅さんありがとうございました。*図と表は最新版に入れ替えました。

   「坂東順礼独案内図」の経過地の現在地名への置換え(H23.2.17)

1.本資料は、「坂東順礼独案内図」(大黒屋平吉板 江戸末期、人文社復刻版)の順礼経過地(地名)を、現在の地名に置換えた(翻訳した)ものです。

2.構図は、同図(元図)に合わせることで、新旧の対比が容易に行えるようにしました。なお、メインルートの内容は、カテゴリ「6.文献調査結果 a.金草鞋の坂東順礼」とほぼ同じですので、そちらの方も参考にして下さい。

3.本資料の作成に当っては、マルセさんからいただいた多くの情報、アドバイスを参考にさせていただきました。ありがとうございました。

4.メインルートでの、地名の「読み」と「現在地」への置換えにおいて、不確定要素の残るものとして、a.慈光寺の隣りの「うちがくぼ(関堀)」  b.笠森寺の隣りの「いいの(飯尾、飯尾寺)」  c.清水寺の隣りの「ふせ(下布施)」があります。 これらについては、「6.文献調査結果 a.金草鞋の坂東順礼」において補足説明・解明などをしていますが、皆さんのお知恵・アドバイスをお待ちしております。

5.坂東順礼独案内図には、大黒屋平吉板とは別に、西村与八板(こちらが古いか?)、中島屋松兵衛板、中川タケ板などもあるようで、再版が繰り返されるなかで、内容が変化・おかしくなってしまったところもあるようです。例えば、8番の先の拝島は多摩川の北側、27番の先の八日市は下総のエリア、27~29番のサブルートにおける「よこ芝」は上総のエリアでこの付近の内容には問題ありです。

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             〇坂東順礼独案内図(大黒屋平吉板、復刻版、人文社)

hitorimotozu.JPG              

〇現在での概要図

hitorigenzai.jpg

〇現在の地名への置換え

a.右半分

hitoriannair.jpg

b.左半分

hitoriannail.jpg

c.表1 (1/2)

hitoriannaitable1.jpg

d.表2  (2/2)

hitoriannaitable2.jpg

〇メインルート外の神社・仏閣(H23.3.5UP、H23.3.7一部修正
・H23.3.7 マルセさんよりのアドバイスにより一部を修正
①水戸の右上 : 「不明」を大洗磯前神社(おおあらいいそさき)」に修正
②松戸の左(てん王) : 「柏神社」を「布施弁天」に修正。*布施弁天は古地図に描かれているが、柏神社は比較的新しい。版を重ねるにしたがって「弁天」が「てん王」に変化してしまったのだろうか?

hitorijinja.jpg

 

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