b.清水寺~御宿の最近のブログ記事

坂東順礼道の現地調査結果(清水寺~下布施~御宿)     H17.9.23


1.調査年月日と概要
 ・平成17年8月27日(日) 曇り JR三門駅から折りたたみ自転車で調査。Aルートをメインに調査する予定であったが、岬ダムと高谷間が通行不可であったため、B、Cルートも調べた。時間がなく高谷側は一部のみ調査。
 ・平成17年9月18日(日) 晴れ  JR大原駅から自転車で調査。前回に調査出来なかった高谷側と高谷~下布施~御宿間を調査した。なお、時間に余裕があったことから勝浦まで足を伸ばした。

shimizuonjukugai.jpg

第1図 概要図(地図使用承認C昭文社第05E001号)


2.調査結果
a.総括
・Aルートは、岬ダムと高谷間が通行不可。岬ダム側と高谷側の入り口を覗いてみたが、岬ダム側は背丈以上の草木で入り口もみつからず。高谷側は入り口は確認できたが20m程で進んで通行不可。
・Bルートは、②地点で農作業中の人に聞いたら、通行不可ということで、具体的調査は断念。
・Cルートは、細尾~下原経由になる迂回ルートであるが、舗装道でしっかりしている。
・佐室~下布施~御宿間は、道標も残っておりルートであることを確認できた。

shimizuonjukuzu1.jpg                   第2図 (清水~佐室)

shimizuonjukuzu2.jpg

  第3図 (佐室~御宿)

b.現地での聞き取り調査結果など
①地点 Aルート入り口  地蔵尊の祠あり
②地点  稲の刈り取り中の農家の親父さんにルートについて聞いた。70歳程。
 ・「岬ダムまでは通行可だが、その先は通行不可」とのこと。
 ・岬ダムまでの途中においてトンネルがあった。軽自動車が通れる道幅であるものの途中から未舗装。
③地点  岬ダムから高谷への入り口
 ・背丈以上の草木で入り口も確認できず。
 ・岬ダム護岸の道を通って清水寺側へ戻り、Bルートの入り口部(④地点)へ行く。
④地点  Bルートの入り口部  稲の刈り取り中の農家の親父さんにルートについて聞いた。60歳程。
 ・Bルートは、「山へ入ったところで通行不可」とのこと。
 ・そのため、具体的な現地調査を断念した。
⑤地点  Bルートの大和田側  家の周りを片つけていた親父さん 60才ほど
 ・「Bルートは通行不可。今は山へ入らないから」とのこと。
 ・「昔は直ぐ前に橋があった」とのこと。それらしき形跡があった。
⑥地点  落合川の小箱橋右岸部 地蔵尊が2体。この地蔵尊には道案内に関する表示は無かった。

shimizuonjuku1.jpg

⑦地点  長滝地区 農家。庭先の畑でオクラ収穫中のおばあさん2人。
 ・「昔はAルートの山越えで清水寺へ行った。法事を清水寺でした時に通った」とのこと。
 ・巡礼については、ご存知でなかった。
⑧地点 Aルートの高谷側 大練地区 農家の親父さん 80才ほど
 ・「家の横の道が清水寺への道の入り口」とのこと
 ・「今は山に入らないことから(用事がない、落ち葉・柴木も採らない)、道は荒れていて通行できない」とのこと 
 ・巡礼のことはご存知で、直ぐ近くにある石碑について説明あり。「巡礼中に亡くなった人を村の人たちで弔ったもの」とのこと。(碑に村人の記載があつた)
*霊場阪東三十二番札所鴨根音羽山清水寺旧参道 六十六部佐助之碑 生国三重県度会郡度会町麻加江 昭和六十二年八月建立 高谷地区賛同者
 ・巡礼道を調査したが、20m程で進んで通行不可。道の形跡はあるがブッシュ状態。なお、その地点に墓石(地蔵)があり。薄暗い中でのブッシュを分けてのフラッシュ写真撮影。

shimizuonjuku2.jpg

⑨地点 佐室字野田土地改良碑の右横  道標
 ・文政10年(1987)
 ・比の方 なご道    比の方 きよ水   *痛みがひどい
⑩地点  長志下 熊野神社入り口の右側  道標
 ・明和5年(1768)
 ・北 きよ水道   南 なご道
c.沢部から御宿間
 ・県道176号線 夷隅御宿線
 ・沢部~上布施付近間は、土地改良済地域の歩道付の道
 ・上布施~御宿間は坂の多い丘陵道路

shimizuonjuku3.jpg

 

3.まとめ
・「坂東順礼独案内」の地図や十辺舎一九の「坂東巡礼」にも記載されている、清水寺から御宿間の最短ルートである佐室、下布施を経由するルートを調べた。
・残された道標や地元の人の話しから、巡礼道として間違いないと判断された。
・なお、清水寺から高谷(佐室)間の岬ダム経由の昔からの巡礼道は、残念なから廃道状態で通行不可であった。このため、少し回り道をしての細尾経由にせざるを得ない状況にある。
・清水寺~御宿間のルートとしては、以上の下布施経由ルートとは別に、清水寺から海側方向の三門に出て、海沿いの国道128号線を御宿に向かう海側ルートも考えられる。
 この海側ルートは、江戸時代の主要街道の一つである「房総東往還」であったこと、叉現在ではJR外房線が並行して走っていて交通アクセスが便利なこと、さらには宿泊可能な町があることなどから、現代の歩き巡礼道としては本命とも考えられる。

カテゴリ(目次)