c.和田浦~那古寺の最近のブログ記事

調査後の追加事項 ---加茂坂の通過について

〇H20.6.18 *まるせさんからいただいた情報(H20.6.17)

 巡礼で加茂坂を通られ、次のコメントをいただきました。ありがとうございました。

 「峠のところまでは舗装道路で、館山側は未舗装でしたが問題なく歩けました。館山側の途中に家が一軒あり、その下は一部舗装がしてありました。落ち葉が敷き詰められた道を歩くので、天気の良い日でないと、靴は濡れるし、マムシが出てきそう」

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                                  落ち葉の峠道

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                            一軒家の近く

〇H18.9.8 *館山市立博物館からいただいた情報(H18.9.8)
 加茂坂は道を違えなければ通ることは可能です。
 お作りになった地図の加茂越えルートよりも北側のルートで相賀というところへ出る道が旧街道です。峠手前で道がいくつもありますから、地図で地形をしっかり読んで歩かないとルートを間違えやすいところです。
 このルートで館山へ入ってしばらくすると個人の屋敷地へ入ってしまったようになりますが、すりぬけてください。道までは売っていないはずです。家の方がいたら挨拶をして通れば大丈夫です。
 西郷から正木へはまっすぐ向かうのが旧街道です。亀ヶ原へまわるのは地方巡礼で使ったかもしれませんが、亀ヶ原から正木への道は湿地地域でよい道ではありませんでした。
*管理人の補足  西郷から正木へ真っ直ぐ向かう道は、水田の区画整理のため消失しており、新しい農道を選んで歩く必要があります。


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坂東順礼道の現地調査結果(和田浦~松田~加茂~広瀬~那古寺)

1.調査目的
 「坂東順禮獨案内図」、十返舎一九の方言修行金草鞋第十七編「こみなと参詣房総往来記」、第十編「坂東順礼」などに記載されている題記のルートを調査した。
<参考文献と記載地名>;
(1)「坂東順禮獨案内図(大黒屋平吉板)」 江見~松田~つも~なご寺 *「つも」は「加茂」と推察されるが不明
(2)「こみなと参詣房総往来記(十返舎一九)」  和田~松田~加茂~広瀬~なご
(3)「坂東順礼(十返舎一九)」   江見~松田~つも~なご寺
(4)「復刻 古地図  安房・上総・下総三国図(1843年)」 松田~加茂~竹原~廣瀬~本織~府中~
 亀ケ原~正木~那古
(5)房総の歴史街道(さいとうはるき)2002年
(6)国土地理院 5万分の1 明治36年測図

2.調査年月日と概要
・平成17年10月7日晴れ後小雨。JR和田浦駅から折りたたみ自転車で調査。那古寺付近ではポツリポツリ。
・国道128号線の和田浦~加茂坂~水玉と、旧道である海発~加茂~竹原~田辺~広瀬~西郷~亀原~那古を調べた。
・旧道の加茂~竹原の峠越部分は、道が荒れており通行不可ということで、この部分の具体的調査は断念した。
・松田と海発では「たのくろ巡礼」のお開帳に遇った。ルート上の4ケ寺にお参りした。温かいお接待をいただいた。

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           ルート概要図(地図使用承認C昭文社第05E001号)

3.調査結果(図参照)
a.総括;
旧道は、加茂~竹原の峠越部分が通行不可であったが、参考文献、地域の人の話し、及び路傍の道標・地蔵などの存在から、巡礼道(街道)であったことは間違いないと判断された。
なお、通行不可と言われた峠越部分は、マムシの心配がなくなる冬期に現地確認調査をする予定。峠付近には石仏もあるとのことで、古き街道の埋もれゆく石仏の記録を残すためにも。

*明治20年に、現在の国道が開通するまで、旧道が幹線道路でした。

  参考文献(5)

wadanakozu1.jpg                     第1図 (和田から加茂坂)

wadanakozu2.jpg                   第2図 (加茂坂から亀ケ原)

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                     第3図(亀ケ原~那古寺)


b.現地での聞き取り調査結果など
①地点  自性院(海発)  たのくろ巡礼お開帳中で、お手伝いの皆さんに街道について聞いた。海側の道が旧道とのことで、お寺が旧道に面して一段と高い階段上にあり、津波を考慮しての立地ではと想定された。皆さんの巡礼に関するお話しから、この地域は巡礼(百観音、四国)に熱心のようである。
②地点 旧国道T分岐部の橋のたもと地蔵の祠
 *資料(6)(明治36年測図)では、現国道128号線は、このT分岐部を通っている。

③地点 加茂遺跡碑(資料館あり、無人で発掘品が展示されている。このあたりまで海だったようである。

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④地点 賀茂神社の鳥居前 70才代の農家のおばあちゃんが2人お話し中で、割り込んでいろいろ聞いた。「峠越えの道は旧道である。今は通れない。昔しは神輿が峠を越えた、そのために草刈などの道整備をした」とのこと。----峠については、雲行きがおかしいこと、マムシのこともあり具体的調査は断念した。
⑤地点 国道128号線 加茂坂上(切り通しの最上部) 歩道はしっかりしている。
⑥地点 加茂坂上から少し下がったと地点  お地蔵さん

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⑦地点 水玉バス停付近  六地蔵、馬頭観音 供花が綺麗だった。
 なお、①海発から⑦水玉間(峠越えの旧道)は、かつての房総東往還(浜野~茂原~御宿~鴨川~加茂~館山)の一部であり、外房地域の主要街道であった。

⑧地点 薗(その) 国道脇 観音像。この他にもお地蔵さんがあった(痛みがひどい)
⑨地点 田辺 お地蔵さん。T字路角の農家のおばあちゃんに道を問いながら話しを聞いた。
「旧道である。少し竹原側に行くと地蔵さまがある」など。そのとおりお地蔵さまがあった。
⑩広瀬 釈迦寺内 六地蔵さん。休憩がてらに寄った。左側にお墓があり江戸期の墓石が数多くみられた。

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⑪地点 台 道標? 傷みが大きい
⑫地点 西郷 お地蔵さん
⑬地点 蔵敷 お地蔵さん。川沿いの道は途中から未舗装(軽四輪は通行可、約200m)になり、終点はお墓の横。
⑭地点  亀ケ原  六地蔵道標。 このT字路は296号線(和田丸山館山線)と旧道が合流するところである。T字路角の農家のおばあちゃん(70歳?)に道を聞きながら、道路の道標について聞いた詳細は不明。旧道であることはご存知で、歩きの巡礼については、「この頃は見ない、皆さん車だから」ということであった。wadanako4.jpg

⑮地点 正木 お地蔵さん。 県道296号線沿いで、立派な生垣にすっぽり入っておられる。

⑯地点 正木 お地蔵さん。 左横の石は道標と思われるが不明。
⑰地点 那古寺 本堂は改修中。納経所で歩きの道について聞くも、資料などはなし。過去に神奈川県の人が江戸時代の古地図を持って巡礼道調査に来られ、地名などを調べ回答したが音沙汰がないと「おかんむり」であった。
「坂東順禮獨案内図」のコピーをお見せしたところ、これとは違っているとのことであった。

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4.まとめ
・旧道の加茂~竹原の峠越部分が通行不可であったが、参考文献、地域の人の話し、及び路傍の道標・地蔵などの存在から、巡礼道(街道)であったと判断された。
・通行不可の旧道の加茂~竹原の峠越区間は、現国道128号線に迂回せざるをえない。
・参考文献(4) (第4図参照)によれば、松田~加茂~那古は今回調査したルートになっており、現国道128号線の道はみられない。下三原~館山へは白子~瀬戸(千倉)~(県道188号線)~館山となっている。
・参考文献(6)(国土地理院 5万分の1 明治36年測図)によれば、現国道128号線の道筋はあって 「房総街道」と表示されている。この時代頃には険しい加茂~竹原の峠越を避けて、この道を歩いたことも想定される。;
・和田浦~那古に直線である現県道296号線は、参考文献(6)(国土地理院 5万分の1 明治36年測図)に記載があり、トンネルもある山間の道ではあるが、この時代にはこの道を歩いたことも想定される。
なお、参考文献(4)(「復刻古地図  安房・上総・下総三国図(1843年)」)にはこの道の記載はない。  *TEさんは、この県道296号線を歩いている。

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第4図(復刻古地図 安房・上総・下総三国図 人文社)

・現在の歩き巡礼道としては、人それぞれの判断になるが、直線となる県道296号線ルートは捨てがたい。
*今回の調査では、お地蔵さまへお花のお供えが沢山、綺麗にされていたことが印象に残った。この地域の人びとの心の温かさを感じた。

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