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     坂東順礼道の現地調査結果 (小糸川~高倉)


1.調査目的
「坂東順禮獨案内図」や十返舎一九の方言修行金草鞋第十編「坂東順礼」などに記載されている題記のルートを調査した。
 <参考文献と記載地名>;
(1)「坂東順禮獨案内図(大黒屋平吉板)」  百首~叶山~高倉
(2)「坂東順礼(十返舎一九)」 百首~叶山~高倉
(3)「復刻古地図  安房・上総・下総三国図(1843年)」
(4)房総の歴史街道(さいとうはるき)2002年
(5)大日本帝国陸地測量部 5万分の1 明治36年測

koitotakakuragai.jpg          第1図 概要図 (地図使用承認C昭文社第05E001号)

2.調査年月日と概要
・平成17年11月20日(日) 晴れ JR木更津駅からバスで福岡へ、前回の未調査部分(鹿野山~小糸川のCルート)を調べると共に、前回に写真を撮った糠田の農家の人に写真を届けた。---柿を2個いただく。
 *鹿野山~小糸川のCルートの内容は前回報告分に含めてある。
 *Cルートについては「上総湊~鹿野山~小糸川」報告の第2図参照
 その後は、小糸川~高倉観音~小櫃川間の旧道を調べた。
・前回を含めた上総湊~鹿野山~小糸川~高倉観音間の旧道をベースとしたルート は、千葉県立中央博物館の高崎氏の発表資料「文化セミナー千葉講座(道標でたどる古道 高倉道の場合)2004.11.20」及び同氏から送っていただいた君津市立久留里城址資料館「平成11年度企画展(鹿野山紀行)1999.10 を参考にした直線ルートである。
 なお、このルートは「坂東順禮獨案内図」、十返舎一九の方言修行金草鞋第十七編「こみなと参詣房総往来記」、第十編「坂東順礼」などに記載されているルートであると推察される。
・資料整理の関係から、ここでは小糸川~高倉観音間の調査結果をまとめ記載した。

3.調査結果(総括)
・第2図の①地点から⑥地点へは、直行するのが普通であるが、道標があることとAルートの存在を確認するために②、③を経由したルートを調査した。;
・⑦から⑧区間は、かずさアカデミアパークの建設により旧道が失われてしまっているとのことであるが、なるべく旧道らしくかつ近道を選ぶことにした。
・以上の道は車が通れる舗装道路で、歩行の支障になるものは ない。なお、②~③間は旧道の雰囲気が残っている。

koitotakakurazu1.jpg

            第 2図 (小糸川~高倉観音)

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4.現地での聞き取り調査結果など
a.小糸川~高倉観音間(第2図参照)
①地点 道標あり。本村ヲ経テ秋元村久留里方面  *細部は読めず 
 近くの農家の奥さんに道を聞く。①~⑥間は昔しからの道であるとのこと。古いことを聞くなら長石地域の農家に聞くと良いのアドバイスをいただいた。長石には卍巡礼堂があり、こちらも巡礼道として利用されていたことが推察される。
②地点 道標あり。 南 鹿野ふ○○方面、北 高倉ぢ方面、西 周西○ 木更津方面、大正10年、大○○青年会。 
③地点 道標あり。 判読不可
④地点 ⑨の登り坂で切り通しになっており崖にお地蔵さんあり、今にも落ちそう。この付近は貝塚なのか崖は貝殻の積層が露出している。


koitotakakura1.jpg⑤地点 道標あり。配水場前。佐貫 富津方面。
⑥地点 道標あり。西 きさら津道、南 叶うのう道、東 ○○○道
⑦地点 道標あり  六地蔵タイプ。判読不可。ゴミ捨てが多い。
⑧地点 地蔵あり。台座などを新しくして花も生けて綺麗である。感激。
 高倉観音 納経時に道について聞いた。高倉観音から先の旧道について、適切なアドバイスをいただいた。

koitotakakura2.jpg

5.まとめ
ルートとしては、第2図に示すA、Bのどちらのルートでも良いが、福岡から降りてくる道との近道接続になること、道標が残されていること、さらには旧道の雰囲気が残されていることなどから、Aルートがベターであろう。

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