f.高蔵寺~小櫃川の最近のブログ記事

                                       H21.4.18

現地調査結果(高蔵寺~姉ヶ崎の 高蔵寺~玉野~小櫃川) 追加調査

a.H21.4.8(水)晴れ 横田~高蔵寺~下郡~地蔵堂~丹原~大蔵~国道409号~上総牛久の現地追加調査の内、高蔵寺~玉野~小櫃川間を整理したものです。
 本調査結果は、H18.1.7の報告(その1)をベースに、写真などの重複部分は省略していますので、(その1)も見て下さい。カテゴリを同じにしていますので、本報告の次に表示されます。
b.足は折りたたみ自転車で、横田駅(小櫃川)から高蔵寺に向かって実施しました。巡礼古道の区間は、自転車を押しての歩きの状況でした。
c.本調査の主目的は、高速道路の工事中であった箇所と、見つけられなかった道標の調査などです。
d.高蔵寺側から順に、次のような状況でした。
・③地点から(a)地点間は、前回の③~④区間とは別の直線ルートとして調べたもの。区間の半分ほどに篠竹が密集しており通行が困難。無理して通ったが通行不可扱いが妥当。なお、③~④は軽自動車が通れる道で前回と同じ。
・(a)地点の道標を見つけた。右たかくら半道、左ちば七り半。道路脇下に埋もれ感じである。
・⑤地点は、高速道路で完全に遮断(破壊)され、高速を跨ぐ橋(跨路橋)が近くにあるが交通止めで、巡礼古道との接続はなされていない。高速の境にはフェンスがある。
・高速道路で遮断された巡礼古道に入るには、ゴルフ練習場の玄関先を右に見ながら通り、正面の斜面を右に登る道(ネット管理のための道にもなっている)を利用することになる。ここから約300mは篠竹が密集しており(前回より酷い)通行は困難。自転車を押して無理して通ったが、悪戦苦闘で通行不可扱いが妥当。
・その先から(c)点までは、軽自動車が通った形跡もある道である。前回に見られた倒竹はなかった。
・(c)点で道標を見つけた。尾根から⑦地点に下がるところで、尾根づたいに大鳥居へ行く道との分岐部である。右かさもり五里、南たかくら一里、左ちば道七里。なお、大鳥居へ行く道は形跡があるのみ。
・(c)点~⑦地点間は、歩行のみの斜面道。落ち葉が多い。
・⑦地点において地元の人(二人)と話した。巡礼古道(たかくら道)と、ゴルフ場傍から出入りすることなどルート全体についてご存知であった。なお、巡礼古道の西側が羽田空港拡張工事(埋立)の採土のため、削られつつあるとの話しもあったが、古道は残るようである。この辺りには山蛭はでないとのこと。

e.以上から、⑤~(b)を除けば何とか歩行は可能であるが、現状、⑤~⑦間を巡礼の一般道として位置づけるには、残念ながら無理がある。
 

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                第1図 たかくら道(巡礼古道)ルート図

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〇H21.4.18追記 追加調査結果(その2)をアップ済みで、そちらも見て下さい。

坂東順礼道の現地調査結果(高蔵寺~姉ヶ崎の内 高蔵寺~小櫃川)  H18.1.7

1.調査目的
「坂東順禮獨案内図」や十返舎一九の方言修行金草鞋第十編「坂東順礼」などに記載されている題記のルートを調査した。
<参考文献と記載地名>
(1)「坂東順禮獨案内図(大黒屋平吉板)」  高倉~大曽根~姉崎
(2)「坂東順礼(十返舎一九)」 高倉~大曽根~姉崎
(3)「道しるべでたどる古道~高倉道の場合~」 高崎芳美 千葉県立博物館文化セミナー千葉講座 2004.11
(4)「復刻古地図  安房・上総・下総三国図(1843年)」
(5)房総の歴史街道(さいとうはるき)2002年
(6)大日本帝国陸地測量部 5万分の1 明治36年測図

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第1図 概要図(地図使用承認C昭文社第05E001号)

2.調査年月日と概要
・平成17年11月20日(日) 晴れ JR木更津駅からバスで福岡へ、前回の未調査部分(鹿野山~小糸川のCルート)を調べると共に、前回に写真を撮った糠田の農家の人に写真を届けた。
 その後は、小糸川~高倉観音~小櫃川間の旧道を調べたが、高倉観音から少し進んだ中ヒリキの先において、高速道路の工事中で道が寸断されておりその先への入口を見つけられなかった。
 (日曜日で工事現場はバリケードで閉鎖中侵入は不可)  *第2図参照

takakuraobituzu1.jpg                           第2図 高倉観音~小櫃川 
 

 そのためゴルフ練習場側(裏側)から迂回して強引に工事現場に入り捜すも見つけられなかった。止むを得ず現場の急な斜面を自転車を肩に下り玉野ルートに逃れ、Bルート(県道33号)を調べながら小櫃川へ。小櫃川付近を調べる間に暗くなってしまい、自転車でJR内房線巌根駅へ(約7km)。
・平成17年12月9日(金) 晴れ JR久留里線横田駅から折りたたみ自転車で滝の口へ、そこから前回とは逆方向に旧道ルートに再挑戦。入り口探しと悪路に苦労したが、道標に遇うことにもできて旧道の雰囲気を十分味わえた。
 高速道路工事中の箇所からはCルート(笹子)を調べながら大鳥居(小櫃川)へ。
・小櫃川からは大曽根、鎌倉街道、袖ヶ浦浄水場などを経由してJR内房線姉ヶ崎駅までを調査。
・前回を含めた上総湊~鹿野山~小糸川~高倉観音~小櫃川~鎌倉街道~姉ヶ崎間の旧道をベースとしたルート は、千葉県立中央博物館の高崎氏の発表資料「文化セミナー千葉講座(道標でたどる古道高倉道の場合)2004.11.20」及び同氏から送っていただいた君津市立久留里城址資料館「平成11年度企画展(鹿野山紀行)1999.10 を参考にした直線ルートである。
 なお、このルートは「坂東順禮獨案内図」、十返舎一九の方言修行金草鞋第十七編「こみなと参詣房総往来記」、第十編「坂東順礼」などに記載されているルートであると推察される。
 注、小櫃川~鎌倉街道~姉ヶ崎間は、別報告としてまとめた。

3.調査結果(総括)
・第2図の②~③間は、旧道の面影が残っている。なお、②地点では旧道は新道を高架で横断しており、入り口は高架の下部にある。
・④~⑤間は、高速道路の工事中であり旧道がなくなっている。完全に道路が寸断されている。
・⑤~⑥~⑦間は、道が荒れており、山歩き的に歩ける人以外には勧められる道ではない。旧道(古道)の面影が残っており、少し手入れがされれば良い道になるのに残念である。
*⑥地点付近では、山仕事のため軽四輪が通れるように整備されていた。樹木でのトンネルのような道。
・以上の状況から、現状では④地点から県道33号線(Bルート)を選ぶことになる。なお、ルート全体としては①地点から県道33号線(BBルート)を選ぶことも考えられる。

4.現地での聞き取り調査結果など
①地点 道標が2基あるとのことであったが発見出来なかった。
・地蔵(新しい)の台座が道標 南ハ高蔵道、左ハ木更津道、右ハ千葉ミち、享保12年(1727) 
・東此方 ちば寺道、南 高蔵六丁、寛政6年(1794) 
②地点 旧道への入り口
③地点 旧道内でのT交差点部 廃屋あり。


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④地点 旧道出口 道標があるとのことであったが発見出来なかった。高速道路工事のため移設?
・右 たかくら半道、左 ちは七リ半、経年不明。  
⑤地点 高速道路工事中、バリケード部が旧道の入り口。道標があるはずだが発見出来なかった。
・此方 たかくら道一リ、此方 きさら津二リ、此方 ちば道 七リ、経年不明。

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⑥地点 T交差点 道標が2基、地蔵、成田山碑あり。
・南 高くら一リ、かのう山三リ道、西木更津二リ、當慈眼寺道、北ちばてら七リ 文化5年(1808) 
・北 富岡村滝の口ヲ経テ中川村ニ至ル、南 鎌足村方面ニ至ル但シ約一町左折シ吉野田ニ至ル、大正11年。西側に下った所に民家3軒あり、その内の一軒の奥さんに道を聞きながらお話しをした。ここの地蔵、道標などはここの3軒でお守りされているとのこと。感謝・感謝。
 なお、⑥地点から⑤地点へ向かって350m程は道が整備されていた。その終点には軽自動車がありご夫婦で木を伐採をされていた。少し話しをした。定年になり田舎へ戻り自分の山(林)で椎茸栽培用の原木伐採をしているとのことで、この地点まで自分達が道の手入れをしてきたとのことである。⑤地点までの道を親切に教えていただいた。ご夫婦に遇ったこの地点から⑤地点間は篠竹が茂っており、自転車を押しての通過に苦労・苦労だった。
*ご夫妻は当初⑦地点から軽自動車での通行を考えられたが、道が荒れ過ぎていたため⑥地点に変更とのこと。

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⑦地点 道標があるとのことであったが発見出来なかった。右 かさも里五里、南 た加くら一里、左 ちば道七里。
墓地あり。この地点での高倉寺方向の入り口(道)は3ケ所あり。右は尾根道で墓地でストップ、真ん中が旧道、左は花ノ木谷部落への舗装道(軽自動車のみ)

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⑧地点 県道33号線への出口
⑨地点 花ノ木谷部落 一軒の農家に旧道の入り口を聞いたところお爺さん(95歳?)がおられ、前に千葉県中央博物館の某氏の旧道(たかくら道)調査に同行されたとのこと。家に上がれということで炬燵に入りいろいろお話しを聞いた。旧道は荷車が通り、大鳥居の出口は高速道路と久留里線が交差するあたりであったとのこと。
⑩地点 花ノ木谷部落の奥部で、ため池があり⑥地点へ行く道があるはずであるが、貯水池から20m程で道らしき道は篠竹のブッシュに変わり消滅してしまった。そのため⑦地点へ戻った。
⑪地点 道標。 〇〇道と道の字がかすかに読めることから道標であろう。
⑪地点先  笹子部落、黒豆を脱穀中のご夫婦に道を聞きながらお話しをした。⑪地点の道標を教えていただいた。
⑫地点 道標? 劣化が著しい。
⑬地点  勝蔵院脇 道標2基あり。
・此方 ちば寺ミち七里、此方 高くらみち一里八丁、此方 きさら津ニ里、うしく三里道、
 文政3年(1819)
・下部が埋没している。是より右ハちば・・・、是より左リたか・・・、文明3年(1783)。元は小櫃川渡船場付近にあったとのこと。

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⑭地点 福性院 堂の傷みが激しい。境内に古い多くの地蔵、墓石あり。

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5.まとめ
・ルートとしては、第2図に示すAルートは高速道路工事でルートが分断されていること、又、道が荒れていることなどから、地図とコンパスで山歩きが出来る程度の人以外には勧められない状況にある。
したがって、現状では、BBルート~Bルート(県道33号線)を選択することになる。
なお、②~④区間は旧道の面影が残っており、この区間を部分的に通ることも選択の一つである。
 *Aルートは古道の雰囲気が多く残されており、少し手入れがされれば良い道になるのに残念である。

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