i.地蔵堂~笠森寺の最近のブログ記事

                                  

H21.4.12

現地調査結果(高蔵寺~笠森寺の 地蔵堂~丹原~大蔵~上総牛久)

a.H21.4.8(水)晴れ 横田~高蔵寺~下郡~地蔵堂~丹原~大蔵~国道409号~上総牛久の現地追加調査の内、地蔵堂~丹原~大蔵~国道409号~上総牛久間を整理したもの。
b.足は、折りたたみ自転車によったが、地蔵堂~丹原間は急な登りで、押して歩かざるをえなかった。なお、この急坂で自転車を押して歩いている小学生に会ったが、丹原から馬来田まで約4km(標高差約100m)を通学しており、帰りは登りで約1時間ほどかかるとのこと。丹原まで自転車を押しながら同行した。驚いた、足腰が自然に強くなるであろう。
c.下郡~地蔵堂の県道168号は自動車の通行が多いが、地蔵堂~丹原~大蔵~国道409号はほとんど通行していなかった。歩道のないローカルな道である。
d.前回の調査において課題として残った、第1図のB点から大蔵間において、東(金沢)方向への下り口を探したが、前回同様に見つけられなかった。B点付近では、偶然にもおられたこの付近の地主(山主)さんと話したが、「昔は、下の棚田からの道があったが今は消えている」とのことであった。また、大蔵付近では住民の方に話しを聞いたが、「昔しは金沢への道があったが消えてしまっている」とのことであった。
本ルートは、巡礼道として十分使用が可能である。

jizouushikuzu1.jpg                第1図 地蔵堂~上総牛久

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               第2図 丹原付近の詳細

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◎H21.4.13追記  地蔵堂~丹原~大蔵~国道409号線~上総牛久間の追加調査を実施。同じカテゴリーでまとめてあります。

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坂東順礼道の現地調査結果(高蔵寺~笠森寺間の内 地蔵堂~音信山~笠森寺)

1.調査目的
高蔵寺~笠森寺間において、巡礼古道と言われているルートについて、文献調査と現場調査を行った。その内の地蔵堂~笠森寺間を整理したもの。
なお、本調査は、参考文献(2)~(5)を参考にして実施している。資料提供して下さった高崎芳美氏、安藤道由氏にお礼を申し上げたい。
 <参考文献>
(1)復刻古地図 天保14年(1843)「安房・上総・下総三国図」 人文者
(2)「道しるべでたどる古道~高倉道の場合~」千葉県立博物館文化セミナー千葉講座 高崎芳美 H16.11
(3)「富来田の古道(2)」 (残された古道・道標)  富来田公民館 安藤道由 H15.8
(4) 歴史の道散策 「巡礼街道を歩いてみよう」 Ⅰ~Ⅲ 鎌足公民館他3館共催 H16.1~H17.11
(5)木更津市史資料抄報Ⅱ 富来田地区石造文化財調査 木更津市教育委員会 昭和59年3月
(6)復刻古地図 江戸末期「坂東巡礼独案内図」大国屋平吉板 人文社

zizodokasamorigai1.jpg 第1図 概念図 (地図使用承認C昭文社大05E001号)

                               
(参考) 音信山(おとづれやま)
最高海抜は189m、土地の人が三重山と呼ぶように1つの山でなく尾根続きの山並である。鎌倉後期の藤原長清編纂の「夫木和歌集」にこの山のホトトギスを歌ったがある「ほととぎす たつねきたれは 今こそは をとくれの かひになくなれ」。現在、尾根には林道が走っており、その道脇には音信山光明寺本院跡の碑が建っている。

2.資料及び現地調査結果における主要情報・課題など 
a.地蔵堂(高倉観音)側から音信山の尾根への登り道は、文献(3)~(5)などによれば、第2図において、①地点から丹原経由の「笠森道」、①地点から③⑤地点方向の「赤道」、②地点からの「幸田道」の3つが示されているものの、どの道を巡礼道として利用していたかは明らかでない。
b.赤道の登りつめた⑤地点に道標(地蔵菩薩、台座に「ま里谷みち、加もみち」)がある。叉、尾根を越えた反対側直下には音信山光明寺跡碑があることなどから、赤道が音信山の尾根越えの道であったことは間違いないであろう。
c.①②地点の道標には、「かも」「おゝたき」「こうた」などの尾根越え先の村落名が刻まれているものの、「かさもり、笠森観音」という文字は見当たらない。したがって、道標から巡礼道を推察していくことは難しい状況にある。
*「こうた、幸田」は、音信山の東側に位置する山口、駒込、久保などの村落(郷)名。
「かも、加茂」は高滝地域付近の村落名。(高滝湖の加茂橋、加茂小学校などの名が残っている)

zizodokasamorizu1.jpg                     第2図  地蔵堂~上総久保 

d.音信山の尾根を越えてからの下り道と、下ってからの笠森観音までの巡礼道は明らかでない。叉笠森と刻んだ道標も一つも見つかっていない。
e.⑧地点の道標(山口の旧道で通称ごうど坂、現在は廃道で山の中に位置する、文久2年(1862年))には、「天下泰平五穀成就、是より西江壱丁程行 西たん原道、左ハ市野々 真理谷道、坂下りかも大田喜道、是より北たち花道」と刻まれており、a.で述べた3つの道は、ここにつながっていたことも推察される。さらには、これらの道は尾根道(現在の林道)でもつながっていたことも推察される。
*たち花道 金沢にある橘禅寺への道と推察される。
f.「笠森霊園脇の尾根つたいに巡礼道があった、笠森観音の昔の入り口は現在の反対側(尾根側)であった」という地元の人の話しがある。*現在はハイキングコースになっているようである。
g.参考文献6「坂東巡礼独案内図」には、高倉観音~笠森観音の道は描かれていない。
h.参考文献1「安房・上総・下総三国図」には、高倉観音~真理~真理谷~栢橋(かやはし)~国吉~牛久~国道409号線沿いの村落~笠森観音の道が描かれている。現在の道としては真理谷から栢橋に行き以降は国道409号線を笠森観音に行くことになる。

3.巡礼道の推定(まとめ)
a.音信山の尾根越えの巡礼ルートとしては、第1図に示す鶴舞を経由するAルートと牛久を経由するBルートが考えられる。なお、Aルートは距離的に最短ルートとなる。
b.Aルートは、歩き巡礼における近道理論、⑤地点の道標と光明寺跡碑、⑦地点の道標、「笠森霊園脇の尾根つたいに巡礼道があった」という地元の人の話しなどから、このルートが巡礼道であったと推察されるが、音信山の麓に位置する山口から先(鶴舞付近)において道標が一つも見つかっていないことは大いに気になるところである。
c.Bルートは、鶴舞経由より廻り道で道標も見かっていないが、牛久は宿場、馬継場、養老川を利用した舟運の物資集積地として近郷の交通の要所として栄えたところであり、この地を経由しての巡礼ルートは十分考えられる。
d.A、Bルートのいずれにしても、音信山の尾根から笠森観音間(市原市エリア)は、巡礼道を裏付ける寺名などを刻んだ道標などが見当たらず、確定することが困難な状況にある。なお、別の考えとして、一つのルートだけでなくA、Bを含めた複数のルートを利用していたことも推察される。
e.ところで、これらのルートが現在においても利用出来るかについては、音信山の尾根への上りと下りの古道が荒れており、一般者用としての利用が不可能な状況にあるため、この古道を利用しての尾根越えは断念せざるを得ない状況にある。
すなわち、高倉観音~下郡~真理谷~地蔵堂~音信山の尾根へと進んできた巡礼古道は、音信山の尾根で行く手を阻まれたことになる。
f.せっかくの巡礼古道をどう生かすかは、次の2案が考えられる。筆者としては、地元において牛久道と呼ばれ、叉、「安房・上総・下総三国図」に描かれている道を利用する①案を推奨する。
①案 牛久道利用 ――― 第1図のCルート
 真理谷の宿より北方向に進み四空野を経由して国道409号線の栢橋(かやはし)に出て、国道409号線を牛久経由で笠森観音へ。なお、国道409号線の栢橋~牛久間には、「かさもり、たかくら」と刻まれた道標が見られる。
②案 尾根林道利用
;地蔵堂~(県道169号)~丹原~音信山の尾根林道~山口への下り林道~山口(以降Aルート)も考えられるが、廻り道になることから、山口にある大地蔵に参拝するなどの目的がある以外はあまり奨められない
(参考)
・第2図の⑩地点に像高275cmで日本一の高さの大地蔵(坐像、鎌倉時代の作?)が鎮座されている。もともとは⑤地点の音信山光明寺跡地にあったが、大正時代(?)に現光明寺位置(池和田)に移転する際、あまりにも重いので養老川を渡すことができず、やむをえずこの地に残されたと伝えられている。*西国33番華厳寺の御本尊を思い出させる。
・鶴舞は明治2年に鶴舞藩庁が置かれたことにより栄えた比較的新しい町です。

zizodokasamorizu2.jpg                   第3図  上総久保~笠森寺

4.調査年月日と概要
・平成19年4月15日(日)晴れ 小湊鉄道上総鶴舞駅で下車、折りたたみ自転車を使って調査。
上総鶴舞駅~外部田~金沢(笠森道の最初の部落)~外部田~駒込~山口~山口大地蔵~旧道入り口~林道を上り音信山の尾根林道~赤道を下り~県道168号~市野々~県道168号で下郡駅へ。
・赤道の下りでは、棚田へ出る最後の100m程は道が完全になくなっており、竹薮状態で自転車を運ぶのに大苦戦、これまでの調査にない最難関場所であった。
・音信山の尾根林道へは、自転車を押して登った。ウグイスが沢山鳴いており「鳴き声が上手い、下手だ」と批評しながら楽しんで歩いた。
・音信山の尾根林道では、古道への入り口を探して行ったり来たりした。入り口らしき場所からブッシュを押し分けながら少し入ったりもしたが、赤道以外は確たるものを見つけられなかった。なお、赤道の入り口は偶然その場所に車を停めておられた地元の人の教えていただいたもの。一緒にいた子供の「奥にお地蔵様があるよ」の言葉が決定打に。
・田植えが始まっていた。仕事中の農家の方が手を休めて道などを親切に教えて下さった。感謝、感謝。
・鶴舞付近の写真は、H17年8月の調査結果のもの。

5.現地での聞き取り調査結果など
①地点 赤道と笠森道への入口 道標(馬頭観音)此方たかくら きさらす、此方いちの之道、此方かも おゝたき道。文政9年(1826)、高さ65cm。

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②地点 自性院入口 道標(地蔵菩薩) 是よりひがし壱丁行 右ハうしく道一り 左ハこうた道三十丁、是よりにしハたかくら道二里半 たつ巳ハ高滝邨江道一り半。享保6年(1721)、高さ116cm。現在は院の入り口に建っているが、本来は下の道路脇あたりにあったのではと言われている。 
②地点 店のご主人に自性院の場所を教えていただきながら話しをした。「自性院にお参りなら雨戸を開けましょう」とおっしゃったが遠慮してお参りした。「幸田道の上にあるトンネルは落ちており通れない、その上の私の山を通れば良いと思うが確実なところは不明」とのことであった。
①と③の間 棚田への水引きを点検中の農家のご主人に赤道について聞いた。「道は荒れているだろう、このところ全然使っていないから、自転車は大変だっただろう」との慰めの言葉をいただいた。
③地点 赤道の棚田部分からの上りの入口 竹薮状態の悪路を突破し棚田部分に出てから、付近に別の入り口があるのではと調べたが、それらしきものは見当たらなかった。棚田に近い約100mは廃道状態。自転車を運びながらのブッシュ通過には泣きが入るほどの厳しさがあった。

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④地点 尾根林道と県道169号との合流Y字路 笠森道の金沢側入り口を探したが見つけられなかった。 
⑤地点 赤道入り口を20m程入った所 道標(地蔵菩薩、台座部) ま里谷みち、加もみち。安永6年(1777)。文献5(S59)では上部仏像が亡失していることになっているが現在はある。
⑤地点 林道を越えた笠森側の直下 音信山光明寺跡碑。真新しい、設置工事中の感じ。
 *お寺があったことは近くに水場があるはず。山越えの旅人の休憩所にもなっていたのであろう。

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⑥地点 林道の南側Y字路 このあたりは平坦部で舗装されている。

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⑦地点 旧山道と直進山道(これらは行き止まり?)のY字路 この付近は軽自動車が通れる道巾である。 
⑧地点 道標(現在は廃道で山の中)天下泰平五穀成就、是より西江壱丁程行 西たん原道、左ハ市野々 真理谷道、坂下りかも大田喜道、是より北たち花道。文久2年(1862年))
 入念に探したが発見出来なかった残念。西方向に尾根を越え丹原へ行く道があったことになる。
*H19.2.6に地元在住者により実存を確認した報告あり。ブログに写真あり。
⑧と⑨の間の林道登り口地点 林道はここから急な登りになる。

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⑨山口村落の端地点 地蔵あり。
山口の村落で農作業中の方と少し話をした。「山道は荒れていて通れない。⑧地点の道標があることは知らない。小学生の時に遠足で山道を通り尾根を越え丹原へ遠足に行った」とのこと。
⑩山口の大地蔵地点 像高275cmの寄木造りの地蔵菩薩像。坐像としては日本一の高さ。

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⑪金沢村落地点 農作業中の方と少し話をした。「山道は荒れていて歩きでも通れない。昔は丹原の人が牛久へ買物に行くのにこの道を通った」とのこと。巡礼者の通過について問い合わせたが?であった。
 叉、少し東方向の水田で田植え準備中の農家の方と少し話をした。「山道は荒れていて通れない。巡礼については?」とのこと。

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⑫小湊鉄道の踏み切り地点
⑬林祥寺地点
⑬と⑭間の村落地点 農家2件を訪ね巡礼や道標について聞いたが「知らない」とのこと。
⑭国道297号線の入り口地点 鯉見橋の近く。農家1件を訪ね巡礼について聞いたが「知らない」とのこと。第2図の××印した所に「道と橋があったが、木造橋が流されてしまい現在の鯉見橋になった」とのこと。

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⑮国道297号線を跨ぐ道路橋地点。左側に昔しの切り通しの崖があった。
⑯鶴舞の町並み地点 県道284号線の郵便局の近く。
⑰西蓮寺地点 ここから奥野へは急な下り道(標高差50m程)
⑱奥野トンネル地点 トンネル上の尾根道への連絡入り口がないか探したが見つからなかった。

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⑲笠森観音
○小湊鉄道上総鶴舞駅 駅がボーイスカウトの集合場所となっており、リーダーとしてとして来ていた若者に巡礼道について聞いた。「笠森霊園脇の尾根つたいにハイキングコースがあり歩いたことがある」とのこと。*上総鶴舞駅は大正14年築、「関東の駅百選」の碑がある、とは思えない無人駅であった。

6.あとがき
  このレポートをまとめ終えて振り返ると、音信山からの笠森側(市原市側)がすっきりしない。追加調査が必要と考えられる。
  なお、地元の加茂公民館において「古道を歩く」という地域文化活動も始まっているようで、地元力を期待するなどしてそれなりに進めていくこととする。
  いずれにしても、音信山への上り下りの古道が、ハイキングコースなどとして一般の人でも通れるようになっていくことを期待したい。

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