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東順礼道の現地調査結果(佐原~香取神宮~小見川) H17.12.23


1.調査目的
「坂東順禮獨案内図」や十返舎一九の方言修行金草鞋第十編 「坂東順礼」などに記載されている題記のルートを調査した。
 <参考文献と記載地名>
(1)「坂東順禮獨案内図(大黒屋平吉板)」  佐原~香取~津宮~小見川~小南~滝野~猿田
(2)「坂東順礼(十返舎一九)」   佐原~香取~津宮~小見川~小南~滝野~猿田
(3)「復刻古地図  安房・上総・下総三国図(1843年)」
(4)房総の歴史街道(さいとうはるき)2002年
(5)大日本帝国陸地測量部 5万分の1  明治36年測図

saharasarugaizu.jpg                 第1図 概念図 (地図使用承認C昭文社第05E001号)

2.調査年月日と概要
・平成17年12月23日晴れ、当初はJR小見川~小南~猿田~JR松岸の調査予定であったが、行きの電車の中で考えが変わり手前のJR佐原駅で下車し、JR佐原駅~香取神宮~小見川を追加した。
そのため、終盤の猿田の手前で暗くなってしまい、猿田~JR松岸間は調査出来なかった。
・JR佐原駅~香取神宮~小見川間は、「香取神宮を経由した内陸ルート」の考えにもとづくもの。
・調査の足は、折りたたみ自転車による。
・調査に使用した地図は、国土地理院の1/25000と1/50000。

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 第2図(佐原~東関東自動車道)

saharaomizu2.jpg                       第3図(東関東自動車道~小見川)

3.調査結果(総括)
a.総括
・県道55号線 佐原~小見川工業団地(第3図の⑧地点先)間は、間に東関東自動車道の佐原香取ICがあるせいか、大型車の通行が多く、歩道も少なく歩くには課題が多い。
・道としては、昔の面影も残っているものは少ないような気がした。

b.現地の状況(第2図、第3図、写真参照)
①JR佐原駅 江戸時代中期より利根川の河岸港として栄えた。市内のほぼ中央を流れる小野川沿いには、土蔵造りの商家や千本格子の民家が残る。
②諏訪神社鳥居
③伊能忠敬旧宅内の伊能忠敬銅像  忠敬さんは中年おじさんのあこがれです。
伊能忠敬旧宅前の樋橋 竿漕ぎの遊覧船があった。船頭のおばちゃんは美人?多い。写真??

saharaomigawa1.jpg

④香取神宮 剣を目指す人には有名。江戸期の3社巡り(香取、息栖、鹿島)観光のポイント。
 巡礼者もここには寄ったようである。
⑤庚申塔 この他にも地蔵が見られた。

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⑥多田稲荷神社 写真?
⑦境界標 従是より西 千葉縣小○○ 小見川であろう。
⑧道標 文化8年(1811)樹林寺観音 樹林寺はここより東南東方向約10km。
 てうし、小見川、成田不動、香取大神宮、さくら、ふる ・・・・他は読めず。

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⑨道標 明治28年10月 四面に沢山の道案内表示がある。 
 きよみづ、佐原、香取大神、成田、東京、くは畑、分郷、下こほり、富田、小見川、樹林寺、鹿島大神、さつかハ、てうし、春日大神、伊勢大神、琴平大神
⑩道標2基 年代?
・西 木のうち○ふ留た○○、香取、飯○ 成田 江戸 東 小見川
・奉納 西国三十三所・・・・
⑪佐藤尚中生誕地碑  順天堂大学を設立した。

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4.まとめ
・車の通行が多く、歩道の整備も少ないことから、現在の巡礼道としてはあまり勧められない。

・巡礼道としては国道356線が本道であろう。香取神宮にお参りするなら香取神宮から津宮へ出て国道356線を歩くことになる。
  なお、江戸期には、利根川上流の木下(JR木下駅先)から夜船で津宮に着き、そこから歩いて香取神宮にお参りすることが多かったようで、香取神宮~津宮間は参拝、巡礼のメインルートであった。

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